海外飛び出すことになったブログ

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Book Review『破戒と男色の仏教史』

 

破戒と男色の仏教史 (平凡社新書)

破戒と男色の仏教史 (平凡社新書)

 

 好き度:★★★☆☆

 

横浜にある金沢文庫に行って、ぱっと読めそうかつ仏教の知識手に入るのではと思い手に取りました。

locayrica.hatenablog.com

 

厳しい戒律があるにもかかわらず、いつしか日本仏教界にできあがっていた「男色」文化。稚児をめぐって争い、失っては悲しみにくれ、「持戒」を誓っては、何度も破るー。荒れはてた仏教界に、やがて「戒律復興」の声とともに新たな仏教を生みだす人々が現われる。戒と僧侶の身体論から見た苦悩と変革の日本仏教史。

身体論ってのがあんまりぱっとわからなかったんですが、文化人類学の講義を聞いているちらほら出てきたワードです。メルロ・ポンティらへん、はやりらしいです。

 

日本の仏教はこんな流れで制度(戒壇など)が出来上がっていって、こう腐敗していったからこういう動きがでてきた(戒律守ろう!or戒律なくそう!)。今はその延長にあるけどこうしないといけないよね、みたいなまとめ方になってました。ざっくりすぎるけど、妻帯やとやっぱり動きづらくなるし、僧としては戒律守って妻帯せずに機動的に仕事をすべきだよねって結びです。

 

中で出てきたなるほど知識をメモ。

 

•声聞僧(しょうもんそう)・・・ 自己の悟りのみをめざす僧 

•菩薩僧・・・ 自己のみならず他者の救済をめざす僧

 

上座部と大乗の差みたいなものですかね。

 

•成仏・・・成仏をめざす人(菩薩ともいう)が、修行を経て仏となること。
•往生・・・死後、阿弥陀仏西方極楽浄土弥勒菩薩兜率天などに生まれ行くこと。往生とは、成仏するための修行をするのに理想的環境である浄土などに行くこと。 

往生しただけじゃ成仏できてないんや、これから使い分け気をつけよう!

 

藤原頼長(1120-56)の日記『台記』を分析された五味文彦氏ほかの研究によれば、『台記』には、頼長の男色関係が赤裸々に記されていて、貴公子だけでも、少なくとも、その数七人であったというのです。すなわち、「初めて(源)成雅朝臣に通ず」(『台記』久安六<1150>年八月十五日)といった具合です。(P.70)

 こういう記録がいっぱい残っていて、それぞれの書きぶり的に男色はかなり一般的だったことが想像できるそう。

 

稚児としてお寺に行っていた子どもは、自分が成長したら同様に男色にふけるし。

 

官僧集団において、男色、女犯など、戒律によれば僧侶集団追放に当たる破戒が、高位の僧のみならず、下位の僧においても一般化していたことが明らかとなったはずです。
こうした官僧世界における破戒の一般化した状況の中で、国家的な戒壇での授戒のありように疑問を持ち、そこでの授戒の再生をめざす運動が起こっていたのです。(P.115)

 

鎌倉仏教はいろいろ勃興しましたが、仏教史としてはこういう流れの中に位置づけられるんですね。

 

でも意外だったのが、「破戒」は悪い側面ばかりじゃないそうで、

遁世した叡尊らは、官僧のままでは制約のあった、社会事業や、ハンセン病患者救済や葬送従事といった諸活動に従事できたといえます。(p.148)

 

自分は仏教徒やな〜と自覚することがちょくちょくある一方、お坊さんがどんな状況にあるのかはあんまり考えたことがなかったです。個人的には妻帯してようが女犯をおかそうが、みんなにありがたーい話をしてくれて心のよりどころになってくれる、ある意味社会のセーフティーネットの役割が僧に限らず宗教者には求められるのではと思っています。

 

世界を平和にするには、ってことを考えていると、「教祖になったらいんじゃね?!」という結論になったことが幾度かありますが、私はその道ではきっとうまくやれないので他の道でコツコツがんばります。