海外飛び出すことになったブログ

やっと海外行きが決定しました。ミーハーな海外フリークがthinkとdoをこつこつ記録します。

Book Review『平和構築』

 

平和構築―アフガン、東ティモールの現場から (岩波新書)

平和構築―アフガン、東ティモールの現場から (岩波新書)

 

 好き度:★★★☆☆

 

平和構築という学問領域の本です。世界を平和にするという大目標にどうアプローチできるのかぼちぼち考えていますが、もうダイレクトに平和なるものを構築するのはどうかなーと思い手に取りました。

 

この本は2009年のものですが、最近だと南スーダン自衛隊国連平和維持活動(PKO)に参加してたとか、そのあたりがダイレクトにあてはまる分野です。本を読んだら言葉が少し身近になりました。

 

まず、平和構築ってなに?というところから。平和構築(Peacebuilding)の定義は「紛争後の地域において、国家の再建を通じ、紛争の再発を防ぎ、平和を定着化させる活動」です。紛争あってからの平和状態ってことなんだな。

 

平和に至るまでのステップは数段階あります。 

「和平調停活動(平和創生、Peace Making)」…まだ武力紛争が続いている間、その紛争をストップさせ、和平条約(Peace Accord)の調印を促し、その後の国家再建や平和構築につなげるために国連が行う交渉や調停。

「平和維持活動(UN Peace-Keeping Operations)」和平条約が調印された後、国連安全保障理事会の決議のもと、治安維持のために派遣される国連部隊の活動。

からの「平和構築活動」!

(ブロトス・ガリ国連事務総長のリポート「平和への課題」において)

 

それぞれの活動で、主体となるのが国連や軍です。今まで冷静に考えたことがなかったけど、平和のための軍事力ってユートピアにおいては不要なんだろうけど、人の世では欠かせないものなのかなぁと。戦争と武力は同じカテゴリーにいそうだけども、全然違うのかもしれない。

 

さて、この3つの関係について。

この三つは  相互に連携している。たとえば、和平調停を行う際には、戦闘が終結した後、PKO部隊の派遣を国連安保理に要請するのか、その後の国づくりをどう進めるのかなどを話し合い、和平条約の中に盛り込んでいく。つまり、和平調停を行う過程で、その後の平和構築をどう進めるかも、同時に話し合われていくのである。(P.29)

 

平和構築と似て非なる概念に「平和執行」があります。

平和構築活動 国連事務総長特別代表が指揮する「国連ミッション」と「国連PKO部隊」が主役を務めることが多い。つまり、指揮権は一元的に国連事務総長とその特別代表が握っている。一方で、「平和執行」については、国連安保理がその介入を「承認」するものの、実際の軍事活動は、多国籍軍に委ねられることが圧倒的である。(P.30)

 

活動の主体が重要になってくるのは、現地住民の受け止め方が全然違うからだというのが、筆者が体を張ってアフガン、東ティモールで行ってきたアンケート調査をソースに説明されます。

 

国連はけっこうな安心感、信頼を得ていて「中立な感じで自分の国に介入してくれてるんちゃん?」というイメージがあるそう。これこそ、国連じゃないとできない仕事だろうと思います。よく会社の看板背負うというけど、国連の看板を背負うのも重責とプライドといろいろあるんだろうな。一方の多国籍軍は、また植民地化しようとするんじゃないかって訝られるふしもあるみたいです。

 

ーレジティマシー

これはけっこうアイオープナーだった。

レジティマシーという言葉は広辞苑にはなかったし、ジーニアス英和辞典には「(U)合法性、正当性、嫡出、正系」と一行だけ日本語訳が載ってた程度です。でもこれがこんなに平和構築に超重要なものだとは!!!

 

まずコンプライアンスという概念からみていきましょう。

ハード教授によれば、人々が法律やルールに従う(法令順守=コンプライアンスする)場合、主に三つの動機が考えられる。一つは、「強制力」。つまり、警察や軍など強制力によって脅かされ、処罰される可能性があるため、法律やルールそのものは納得していなくても、嫌々従うという場合である。二つ目は、「個人的な利益の計算」を動機としており、法律やルールを守ることによって得る利益と破ることによって得る利益を計算して、守った方が大きいと思った時にルールに従うという場合である。(P.46)

 

ふむふむ。残り一つは? 

これまで国際関係論では、右の二つの動機だけが強調されてきたが、ハード教授は、ルールに従うもう一つの大事な動機があると主張する。それが「レジティマシー」である。人々は、ルールや制度、そして政府などが「レジティメイト、つまり正統である」と考えた時、強制されてではなく、また個人的な利益をわざわざ計算するまでもなく、自主的にそのルールや制度を受け入れ、それに従うという見解である。(P.47)

 

例えば、衆議院総選挙。日本では「不当に政権を奪取した党がつくったルールに基づいて行われた選挙だから、次の政党も正当性がないからこの選挙結果には従わないぜ!」みたいなことって稀ですよね。少なくとも私はそう思ってる。でも、ひとたび途上国の政情に目を向けると、これってほんまによく見かける問題。 アフリカでも南米でも東南アジアでも、無意識にニュースで入ってくるぐらい頻繁なものだと感じます。

 

日本国憲法がアメリカからの押しつけ憲法で正当性がないからそれに基づく法律も全部いかーんって議論はこのレジティマシーの問題ですけどね。

 

紛争直後の国において政権を握る人・組織が不安定な場合、他の国はどうそれをサポートしたらいいのでしょう?

選挙についていえば、信頼できる第三者が選挙を支援したり監視したりすることで、選挙そのものの公正さが担保され、次回の選挙でも信頼できるとすれば、現地の政治勢力(政党)は、今回の選挙でたとえ負けても、まあ次の選挙まで野党で頑張ろう、となる可能性が高い。一方、選挙で負けて野党になった途端、政治犯として逮捕され監獄に収容されると思ったら、選挙結果を受け入れることは難しいであろう。信頼できる第三者の仲介や監視は、選挙の公正さを担保すると同時に、選挙後の政治的自由を担保する上でも重要なのである。ここに、紛争後の平和構築において、外部アクターの介入が要請される主要な理由がある。つまり、外部アクターに「それぞれの紛争当事者に対して、公正な主体として」相互信頼の醸成を担ってもらうのである。

 

現地の政権・人を中心におきつつ、住民も認めてくれる政治体制をつくらないといけないんですね。

 

 新たな政府が正統性を確立するには、長い道のりが必要である。現地の政治勢力や大多数の市民が、複数回にわたって、選挙の結果や、軍備解体のプログラム、そして憲法の内容やそのルールなどを受け入れ、それに従うことを繰り返すことによって、ようやく政府の正当性が確立していく。実際には、紛争当事者であった軍閥や部族が政党化し、これまで武力に頼ってきた関係が、民主的なルールにそって問題を調停、解決していくようになる。このように、武力に頼ってきた軍事勢力が、民主的なルールで競い合う政党として、そのアイデンティティを転換させていくことを、政治学で「社会化(Socialization)」と呼ぶ。(P.56)

ミャンマーの前大統領テインセインさんとかまさに社会化しようとしたんじゃないかなー!!

 

だから「軍政」だとそれだけでぺってしてしまうのはもったいないケースも。

アイデンティティの転換が行われることは、平和構築が定着し、政府が正統性を確立していく上で重要だと私は仮説していた。なぜなら、これまで支配地域の拡張など軍事的な目標に固執していた軍事リーダーが、民主的な政治制度を受け入れた政治家として自らのアイデンティティを変え、住民からの支持拡大や、選挙での当選などを目標に据えることは、民主的な方法でものごとを解決する(つまり武力ではなく平和裏に解決する)風土が根付く上で、欠かせない要素だと考えるからである。(P.108)

 

 平和へのプロセスと重要なポイントはざっとこんな感じです。

 

―アフガン

筆者がフォーカスしているアフガンの状況は2009年時点でこう。

苦しいのは、アフガン政府の軍や警察もまた信頼できず、それ自体、脅威でもあることだった。「私たち住民は、タリバンなど武装勢力からも脅威を感じ、政府側の軍や警察からも脅威を感じているのです。毎日が不安と恐怖です」(P.8)

  

治安の悪化のために政府職員や国連職員が立ち入りできなくなると、その地域での開発支援や社会基盤整備が遅れることになる。それが地元住民の生活を悪化させ、政府への不満を高め、さらに犯罪や反政府活動が増加してしまう。この「治安の悪化→支援や整備の遅れ→住民の不満→反政府活動や犯罪の増加→治安の悪化」というまさに負の連鎖が、アフガンの多くの地域、特にパシュトゥーン人が多く住む地域で起きているのである。(P.84)

 

二人のカンダハール県の幹部が語った政府の腐敗についての不満はアフガン全体で多くの人が繰り返し話した。カンダハールに滞在するある国連職員は、「一般のアフガン人は政府が極端に腐敗し、汚職にまみれていると考えています。実際に腐敗しているかどうかよりも、人々がそう感じていることが重要で、それが政府への信頼を大きく低下させています」(P.92)

 

経済的な理由や部族の生存のためにタリバンに協力しているような人まで、「テロリスト」の名で殺害し、しかも一般市民まで巻き込むことになれば、その被害者の親族や子供、親は、反アメリカ・反政府のための報復の戦いに参加することになるであろう。…アフガンにおけるタリバンのような地元密着型の反政府勢力と対峙するとき、軍事的作戦によってのみ治安を回復できると考えることの非現実性がある。(P.172 )

 

ー平和構築の実績

世銀のリポートによれば、一九六六-九九年の世界の紛争のおよそ五〇%が、紛争終結から五年以内に、再び悲惨な武力紛争に後戻りしている。平和構築は、頻発する「紛争の再発」を防ぎ、平和を定着させる努力だと位置づけられた。(P.30)

 50%ってやばないですか。しかも世銀がこういう数字を出すのにも少し驚き。

 

 

平和構築って感情でなく理論と枠組みに基づいて粛々と着実に進めていくものなんだと勉強になりました。

 

平和構築か。ルワンダに留学する友達が平和構築学ぶって言っていたけども、まさにルワンダ国連が撤退して見放したみたいになってしまった失敗例(詳しくは映画「ホテルルワンダ」参照)。すごいなー勉強したいし経験積みたい。