海外飛び出すことになったブログ

やっと海外行きが決定しました。ミーハーな海外フリークがthinkとdoをこつこつ記録します。

Book Review『地の漂流者たち』

 

地の漂流者たち (文春文庫 209-3)
 

 好き度:★★★☆☆

 

途上国生活そのもの、またそれに慣れるのにエネルギーが必要でなかなか読書が捗らないという自分への言い訳をしつつ、のろのろと読みました。(電気が暗いとか体調管理とか生活リズム作りとか..)

 

沢木耕太郎先生といえばバックパッカーのバイブル『深夜特急』(好き!!!!)しか知らなかったのですが、今回の本は短編ルポ6個で構成されたものです。自衛官、アングラ演劇、ピンク映画、歌、沖縄出身者、転職者界隈の話がそれぞれ綴られています。

 

沢木耕太郎がまさに足で拾ってきた情報だなぁとひしひし感じるし、考察おもろーってなります。いずれも1970-72に書かれたもの。沖縄返還前なので、それについてはだいぶ状況が変わったのかなと思いますが、その他は約50年たった2017年現在でも共通することがたくさん含まれている気がします。

 

 「性の戦士」の章は全部書き移したいくらいおもしろい!

 

ピンク映画は決してセックス映画ではなかった。セックスそのものを対象とするのではなく、"女性の裸体"を見せるための映画だった。p.87

 

たとえピンク映画がセックスを真正面から対象としたものでなくとも、それを取り巻いている人間や状況は現代の「性」と深く関わっている、と。ジャーナリズムはフリーセックスとかホモやレズとかの尖端的な部分でのみ現代の性を把えがちだが、それよりトイレでイラスト入りの落書を丹念にかいている男とか、見ながらマスターベーションしている学生のいるピンク映画館にこそ、現代の性があるにちがいなかった。p.87

 

LGBTという言葉もずいぶん注釈なしで使われるようになりました。ただそれだけで現代の性は語れんというんですねー。そこはかとなく侘しさ漂うピンク映画館の描写を読んでいると、現代はニヒルというか、けだるさというか、アンニュイというか、 そういう空気がたちこめてるなーと。途上国にはまってしまうのは、そういうのがないからかな?

 

 

「この寂しき求道者の群れ」ではアングラ演劇の世界に身を浸した人々が出てきます。


ある人は新劇と対比して

オペラがくだらない地上の総合芸術なら、アングラは、ジャズやロックにダンスやイラストまで入った地下の総合芸術だな。p66

と言います。

また、

不安じゃないといったらウソになる。でも展望がなければ耐えられないような人は、はじめから劇団に加わらないさ p80

 

「展望がなければ耐えられない」これ自分のことかなってびびっときた!そんなふうに自覚したことはなかったし、展望はもってしかるべきと思ってました。

 

演劇は経験が全くないですが、大学で立看板があったり劇団やってる人に話を聞いたりしたことがあります。ひとくせ(もふたくせも)ある感じ、とても素敵で好きです。

 

演じるって特定の機会がないとふれることがない行為やけど、やってみたら見えるものも広くなるんだろうなーと想像。

 

 

自分も沢木耕太郎にインタビューされたら「漂流者たち」に分類されるだろうか、どうだろうか。たぶん漂流してない人はこの本に興味すら持たないかもなぁと思った今日でした。

Book Review『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅』

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)
 

好き度:★★★☆☆ 

 

村上春樹の作品はおそらく4冊目。大好きな友達が前読んでいた、で、マラウイのドミトリーで発見したので手に取った。

 

トーリーを要約すると何がおもしろいかわからんことになるから、要約すべき本じゃないんだろなと思う。そこをあえて要約すると、高校時代の仲良し男女5人組のひとりが多崎つくるであって、大学生になって理由もわからず突如関係が破綻。その理由を探りにいくというもの。

 

村上春樹って言葉のフローがこじゃれていて小気味いい感じ。好き嫌いはあるだろうけど、きゅんとくるフレーズが散らばっている。

 

多崎つくると私、共通する思考というのがちょいちょい出てくる。彼の特徴は

「とりたてて破綻がない」p13

この表現が一番好きだった。そして笑った!

 

しかしつくるのまわりには、個人的に興味を惹かれる人物が一人も見当たらなかった。高校時代に彼が巡り合ったカラフルで刺激的な四人の男女に比べれば、誰も彼も活気を欠き、平板で無個性に見えた。p27

これ、自分が無個性なことを棚にあげて他者におもしろさを求める身勝手さが私と同じやなってくすりとくる。

 

「誰かを真剣に愛するようになり、必要とするようになり、そのあげくある日突然、何の前置きもなくその相手がどこかに姿を消して、一人であとに取り残されることを僕は怯えていたのかもしれない」p109

つくるさん、、そりゃ怖いよね。。これについて沙羅さんの指摘は以下。

だからあなたはいつも意識的にせよ無意識的にせよ、相手とのあいだに適当な距離を置くようにしていた。あるいは適当な距離を置くことのできる女性を選んでいた。自分が傷つかずに済むように。

 

つくるは人並みに恋人をつくったりもした。でも暫くしたら別れる。

その年上のガールフレンドに対して、穏やかな好意と健康的な肉欲以上のものを感じることが、彼にはどうしてもできなかったから。p134

 

色彩がないとか個性がないとか自己評価してきたつくるだけど、沙羅さんいわく、

生きている限り個性は誰にでもある。それが表から見えやすい人と、見えにくい人がいるだけよ。p315

ちょっと救われた!でも、それって没個性を悪としてとらえているからかなーとも気づいた。

 

 

題名の「色彩をもたない」の意味は序盤ですぐ納得したけど、「巡礼の旅」というのはそういう曲名が繰り返し作中で出てくる以外、何を意味しているのかずっとピンとこないまだった。でも最後の最後でわかった。何かを信じて巡ること。巡礼だ。信じることができる、つくる。それを自覚している、つくる。自分はそれとは違うなーと最後に思って終了した。

国際運転免許証をとった!

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日本の免許証とはちがって、うっすい冊子みたいな形状。

7ヶ国語で運転できる車両について記載されてる。

◯400cc以下の二輪

◯普通車AT

 

日本語とEnglish、Español♡、ロシア、中国、アラビア、フランス語!国連公用語ですな。

 

有効期限は今日から1年。

2年後の自分に手紙を書いた。

同期のある人の計らいで、2年後の自分に手紙を書いた。2019年7月に、各自の家に郵送してくれるらしい。

 

はりきって筆をとったものの、案外凡庸なことしか書けず、字数もそこそこに切り上げてしまった。

 

内容は

•現状について自分はこう感じている

•2年間でこうなることを願っている

•2年後また次の目標に向かって頑張ってね

だけのシンプルなもの。構成はぐちゃぐちゃやし確か英語で書いたと思う。

 

2年後あけてみて、なんかおもろしろい発見あるかな?少なくとも、書いている間は過去じゃなくて未来に顔を向けさせてもらえる機会だったので今のところよしとしようか。

青年海外協力隊は100:100の婚活パーティーの側面も持ち合わせていると思う。

おそろしい。

青年海外協力隊は外務省系の国際協力機構の一事業だ。

この事業の目的は、

(1)開発途上国の経済・社会の発展、復興への寄与
(2)異文化社会における相互理解の深化と共生
(3)ボランティア経験の社会還元

とされている。ここテストに出ます。(ほんまに講座テストで頻出)

 

しかし、実は厚生労働省の息もかかってるんじゃないかと思うくらい、参加者同士のカップル成立率が高い。

少子化社会に歯止めをかけるということも国に意図されているのではないか。。

 

そんな陰謀論を勘ぐってしまうほど。

 

Be happy!

保険の説明義務って誰得なのーとしみじみ

保険の集団加入の説明会にて思ったこと。

 

保険に加入するとき、販売する人にはいろんな説明義務があります。

 

申し込む人は、細かい字で書かれた資料に目をざぁぁぁっと通し聞きなれない言い回しの説明をざぁぁぁって流しこまれて、「説明をうけました」にチェックしたりします/説明義務が果たされたこととなります。...でも、平常時でもなかなか理解しがたいのに脳みそが働いてないときやと尚更いみふめい!!。100説明してくれて、2くらいしかキャッチできない。「なにか疑問点はありますか?」と聞かれても何がわかってないのかすら分からずぽかーん(°▽°)

 

それでも、顧客保護のための法律で説明義務が定められてるから、販売する人は説明を省略したり変に要約したりするとアウト。法律的に正しく解釈されるような言い回しを使って説明してくれます。申し込む人がぽかーんʕʘ‿ʘʔとなってるのもうすうす気づいているはず(笑)しかもそんな時は販売員さんも心苦しいはず(笑)

 

これって「これ説明受けてない!こんなはずじゃなかった」とならんように顧客保護するための規定やのに、法律を守るための法律みたいになっている?

超単純な事例問題形式で10説明をくれて7理解できた方が、結果申し込む側としてはいいんじゃないかなーとか思ったり。

 

まぁ、そういう難しい文書もすらすらと理解できる頭があれば最強やなと妄想した話でした。

 

 

集団生活についてぼそっと悪態をつく回

70日弱の訓練所生活を通して1番ビビッドに実感したのが、まじで集団行動が苦手!想像以上だった!笑

 

よしあしは置いといて(ほぼ悪しで辛いので;;)、自分の特性、感じ方の変化、適応の段階をつぶさにじりじりと観察できたのはある意味人体実験みたいで、今後も参考にできるんじゃないかなーと思った。エピソードとともに記録しておく。

 

〈私の特性5つ マイナス方面〉

 

1. 混雑が苦手。

朝(7:10-8:00)昼(11:40-12:30)晩(18:00-18:50)、一箇所の食堂でみんな同じメニューをいただく。食堂オープンの時間は行列ができて時間がかかるので、そこを避けて生活してた。朝食後〜1限開始まで45分(8:00-8:45)あって、当初はこのタイミングで新聞を読んでいたけど、だんだん人が増えて読みたい新聞社のやつを読めなくなったのでリズムを変更。昼ごはんのあとは閑散としてることが多く、ゆるりと楽しむようにした。

 

 

2. 自分の時間を遮られると不機嫌になる。

新聞を読めるスペースは廊下の一部分。各自の部屋から教室に向かう道中に位置するので、構造上ほぼ全員がここをとおる。人が通るたび新聞から目をあげて挨拶しないといけない。(厳密にいえば義務ではないんやけども(..))  かつ場合によっては「なに読んでるのー?」とかいう話に発展する。それは嬉しかったりもするんだが、「すごいね」と言われるのは謎。すごい、、?なぜ、、、?

また、食事を摂るのが義務!人数分きっかり準備してくれているので、食べない人がいると廃棄が出てしまう。まっとうなルールだ。でも、食べるより寝たいとき、食べるより勉強したいときもあるでしょう。選択性にしてくれよ〜ってときが何度かあった。健康な生活を強いられてるという感覚に陥ってしまった。そして肉体的に健康な生活を強いられるほどに精神的な健康が損なわれていく感覚も覚えた。適度に不健康な生活の方が今の私には心地よいんだなぁ)^o^( 心がまいっていたことも一因かも。新しい環境に慣れることに必死で余裕がなかった訓練序盤の記憶。

 

 

3. 無音、孤独の時間が必要。
宿泊棟の各自の部屋は、うっっっすい壁と扉で囲われた体感4畳の空間。新しい人にあって、いろんな話をきくのは大好きやけど、吸収したものはひきこもって消化の時間をとりたいタイプの人間だと改めて自覚!廊下の音の透過率100%を誇るあの薄い扉。しんどくて部屋で休みたいってときも、他の人のはしゃぐ声、足音、全部が耳に入ってきて悲しくなってた。これも訓練序盤の記憶。

あと、飲み会に対するスタンス。端的に言ってしまえば、飲み会をストレス発散の場としてとらえる人と、新たなタスク(負担)としてとらえる2種類の人種がいると思う。タイミング、メンバー、お店、予算とかいろんな要素が絡むので固定的なわけじゃないけど、自分は後者の場合が多いタイプの人間やな。このタイプに『勉強のしすぎ、頑張りすぎだよ!たまには息抜きも必要だよ、飲み会いこうよ!』と誘うのは真逆の効果を生むんやなと。まさに北風と太陽。

 

4. 予定を入れるのが苦手。

スケジュールの書き込み=窒息のイメージ( ; ; )これはまじで改善しないといけないなと思っている。。フレキシブルに生きたい、悪く言えば行き当たりばったり。断りやすいところから約束を反故にするみたいな事態が頻発しないように気をつけよう。

 

5. 70%くらいは機嫌がわるい日。

「今日は調子いいわ!」と思えるのは30%くらいだった。それはたっぷり寝た翌朝、化粧と髪型と服装がしっくりきた朝、課題をちゃんと準備できてた日。数値を上げるには、適度な運動、腹8分目、質のいい睡眠、という基本的な人間らしい生活がキーだとしみじみ。また自分の機嫌に関わらず、人からもらう「疲れてるね」「くまひどいね」「すっぴんやん」「太ったね」等の言葉は確実に腹わたを煮え繰り返らせ、負のスパイラルを生み出す。自分の中ではこれらは「ブス死ね」に自動変換されてしまうようだw 内心、「で?」「すっぴんでおることにケチをつけられる覚えはないし、そのことをディスる資格ないやろ」「なんでいつも明るくかわいく存在せないかんのやks」などと狭量の極みつっこみをしていることをここに自白したい。
 

 ただ、機嫌悪いときもあいさつはにこやかにできるようになってた!というか、自然に笑顔がでてしまう!これは体得した営業スマイルなのか挨拶という儀式の効用なのか八方美人マインドのなせる技なのか、不明。若かりし頃は「怒らない技術」という新書を読みふけるほど、周囲に当たり散らしてしまうbad-temper人間だったが、それは卒業できた!I can behave myself now!依然として内心は嵐だから性格はよいとは言い難いけど、年食った分大人になってたことを発見。

 

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極めて小さなコミュニティーだと、周りの人間のささいなことに関心を持つ傾向にあるし持つべきだし持たざるをえない。日々のsmall talkがそれ中心やからね。e.g. だれだれが髪を切った、デートしてた、等。興味ないって切り捨てたいことばかり!笑 そしてその関心の客体になるのはしんどくて窮屈でしゃーない。e.g.私がなんの本を読もうが、どんな理由で髪を切ろうが関係なくない...?と思ってしまう。200人の人間が70日間隔離された場所で毎日顔を突き合わせるという特異環境。

所変わって私の地元は人口40万人。それでも20年以上住むと知り合いの飽和状態で、電車で洋書を読むだけで「読んでるね!すごい!」、日経を読むだけで「読んでるね!」、モールに行けば「誰々といたね」と指摘されみんなが把握しているそんな日々。どこに行っても友人、同僚、上司、お客さん、家族にすらに出くわしてうんざりするにも程がある!ってなり物理的に脱出したいと思って途上国行きを決めたものの、ここではさらに小さなコミュニティーに所属することになってしまった。因果なものよのう!

むしろ東京みたいに人の大海原が存在するのに一人として顔見知りがいない環境の方が特殊なんだろうか。世界に誇るメトロポリスやしな。

 

 

でも、最後に忘れてはいけないのが、自分もそのコミュニティーを構成する一員だということ。

他人を自分と切り離して非難するのはめっちゃ簡単やけど、同じ穴の狢という意識を持ってる人は少ないように思う。そう思ったのは訓練所外の話も含むけど、自分がこの人何かちゃんと考えてるのかなーと思っていた人が「あの人って何も考えてないよね。」と他人をディスっていたのを聞いたとき。またとある人が「ここのレベルは低い」などとディスっていたとき。批判は生産的なものだけにとどめたいなぁ。

 

ここでは発見したことの矢印が自己に向いているけど、自分から集団、他者への働きかけももちろんあったはず。嫌な思いをたくさんさせただろうし、たまには誰かの救いや癒しになれてるかもしれない。コミュニティーっておもしろい。

 

こんな生活もあと5日。