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海外飛び出すことになったブログ

やっと海外行きが決定しました。ミーハーな海外フリークがthinkとdoをこつこつ記録します。

Book Review『怒れ!憤れ!』

 

怒れ! 憤れ!

怒れ! 憤れ!

 

 好き度: ★★★☆☆

 

本というか、もともとはパンフレットらしいです。分量としてはめっちゃ少ない。10分で読める。アツいから!!という理由で友人が貸してくれました^^ フランス語では「INDIGNEZ-VOUS!」という題名。

著者はレジスタンスにも参加し、その後は世界人権宣言起草に関わったり外交官したりしたフランスのユダヤ人。

 

レジスタンスに参加した人なだけあって、ウルグアイホセ・ムヒカと同種の熱っぽさを感じられました。闘士!

locayrica.hatenablog.com

文字通りの「戦った」経験のある人・世代とない人・世代では大きく差があるんだよなぁ。ゆとり世代なりにアツく生きたい。

 

世界を危機的状況に陥れたのは、先進国による過剰な生産性追求ではないか。p.90

 これなんかまさにムヒカの言葉そのもの!

 

あと若者へのメッセージという意味では司馬遼太郎のこれと似てる。

locayrica.hatenablog.com

  

若者よ、探しなさい。そうすれば、きっと見つかる。いちばんよくないのは、無関心だ。「どうせ自分には何もできない。自分の手には負えない」という態度だ。p.46

サルトルアンガージュマンと同じメッセージだろうか。怒りを原動力に行動せよって呼びかけてる。

 

ステファン・エセルさんはサルトルの主張を明確に否定している部分もあって、例えばサルトルは、「暴力を終わらせる唯一の方法は暴力だ」と言った。しかし彼は「非暴力は、暴力を終わらせるもっと確実な方法である」とのこと。

 

この檄文を書いたのが93歳のとき。そして2013年に95歳で亡くなりました。死ぬまで命有効に使ってていい感じ。

貿易ゲームを通して協力隊の目的が少しクリアになった。

貿易ゲームって知ってますか?

 

「貿易」を中心に、世界経済の動きを擬似体験することによって、そこに存在するさまざまな問題について学び、その解決の道について考えることを目的としたシミュレーションゲームです。

(貿易ゲーム the trading game(トレーディングゲーム)― 経済のグロ-バル化を考える|教材|開発教育協会)

 

貿易ゲームの中身についてはネタバレ厳禁みたいな扱い方がされてたので、ふんわり気づきを書き留めておきたいと思います。

 

参加者は約100人、14の国家に別れました。私は途上国、最貧国ではないけどお金も資源も技術もない国の国民になりました。くじびきで。

 

時間は2時間。

 

これ、本当に面白いゲームで、先進国になっても途上国になっても、またいろいろ奔走しても静観しても、参加者によって十人十色の視点と気づきがあると思います。ゲーム終了後に他の人と意見交換することでそれをびしびし痛感しました。

 

ゲームの最中に思ってたのは、以下。

①持てるものと持たざる者で、勝ち組負け組もう固定やん。

 

②世界には情報が錯綜している。間違ってる、恣意的な嘘、古い、そもそも入ってこない。

 

③誰を、何を、信頼していいのかわからない。

 

④自分の国も悪に片足つっこんだり、信頼できない。

 

⑤にぎわいはいつも先進国に。人も物資も情報もお金も資源も集まる。

 

⑥先進国の人はみんな忙しそう。やるべき仕事が山ほどあって、バタバタしてる。私は途上国で、その中でも戦略的に積極的に動けなかった人間なのでのらりくらり。

 

⑦先進国の上から目線うざい。「困ってる国がたくさんあったのでいいことしてあげました」感がやばい。当然じゃない?

 

このくらいかな。

 

私は世界の全体像を把握してから、国のリーダー決めて方向性や戦略を立ててからみんなが機動的に動くべきって思ってたんですが、ぶわーっと散ってしまってそれは叶いませんでした。

自分でがつがつ交渉とかも始められなくて、先進国から恩恵をうける機会がありませんでした。ただ世界全体をみて、システムの不条理に悶々として、先進国むかつくなぁって思ってました。

 

でもゲーム後に他の人の話を聞いてみると。

 

最貧国の人

「先進国を信頼して全面的に頼ったらちょっとマシになったし、めちゃ感謝してる。」「◯国の人優しかった。好き」

これこそ協力隊が担うべき役割なんだろうなと思いました。普通にしていたら会うはずのない人たちと出会って、関係を築く。実際に顔をつき合わせて関係を深めていくと、見えないものが見えてくるし、新しいことが発生するんだと。

 

また、日本の看板背負ってるってそういう意味なんだろうなと。

 

あと、
先進国の人

「しんどかった。。」

↑贅沢な悩みやな!ふん!って思ったけど、ほんまに辛かった模様。でもたぶんこれは一生わかりあえない感覚なんだろう。

 

最近、国際協力とか偽善やん、とにかく働けばいいんだよ楽してんじゃねーよって意見をもらったこともあって、もやもやしてたんですが、スタートが違うと頑張る土壌づくりから始めないといけない。

 

先進国の人たちはほんまに奔走してて、すごい頑張ってた。それは傍から見てもわかった。自分はバリバリ働いてないから結果の平等だけ求めるのは理不尽ってこともわかる。でも、それを強硬に主張するのって強者の理論だよなって思った。よしあしは置いといて。

 

このゲームはかなりみんなの心に影響(禍根?)を与えたみたい。面白い。

Book Review『平和構築』

 

平和構築―アフガン、東ティモールの現場から (岩波新書)

平和構築―アフガン、東ティモールの現場から (岩波新書)

 

 好き度:★★★☆☆

 

平和構築という学問領域の本です。世界を平和にするという大目標にどうアプローチできるのかぼちぼち考えていますが、もうダイレクトに平和なるものを構築するのはどうかなーと思い手に取りました。

 

この本は2009年のものですが、最近だと南スーダン自衛隊国連平和維持活動(PKO)に参加してたとか、そのあたりがダイレクトにあてはまる分野です。本を読んだら言葉が少し身近になりました。

 

まず、平和構築ってなに?というところから。平和構築(Peacebuilding)の定義は「紛争後の地域において、国家の再建を通じ、紛争の再発を防ぎ、平和を定着化させる活動」です。紛争あってからの平和状態ってことなんだな。

 

平和に至るまでのステップは数段階あります。 

「和平調停活動(平和創生、Peace Making)」…まだ武力紛争が続いている間、その紛争をストップさせ、和平条約(Peace Accord)の調印を促し、その後の国家再建や平和構築につなげるために国連が行う交渉や調停。

「平和維持活動(UN Peace-Keeping Operations)」和平条約が調印された後、国連安全保障理事会の決議のもと、治安維持のために派遣される国連部隊の活動。

からの「平和構築活動」!

(ブロトス・ガリ国連事務総長のリポート「平和への課題」において)

 

それぞれの活動で、主体となるのが国連や軍です。今まで冷静に考えたことがなかったけど、平和のための軍事力ってユートピアにおいては不要なんだろうけど、人の世では欠かせないものなのかなぁと。戦争と武力は同じカテゴリーにいそうだけども、全然違うのかもしれない。

 

さて、この3つの関係について。

この三つは  相互に連携している。たとえば、和平調停を行う際には、戦闘が終結した後、PKO部隊の派遣を国連安保理に要請するのか、その後の国づくりをどう進めるのかなどを話し合い、和平条約の中に盛り込んでいく。つまり、和平調停を行う過程で、その後の平和構築をどう進めるかも、同時に話し合われていくのである。(P.29)

 

平和構築と似て非なる概念に「平和執行」があります。

平和構築活動 国連事務総長特別代表が指揮する「国連ミッション」と「国連PKO部隊」が主役を務めることが多い。つまり、指揮権は一元的に国連事務総長とその特別代表が握っている。一方で、「平和執行」については、国連安保理がその介入を「承認」するものの、実際の軍事活動は、多国籍軍に委ねられることが圧倒的である。(P.30)

 

活動の主体が重要になってくるのは、現地住民の受け止め方が全然違うからだというのが、筆者が体を張ってアフガン、東ティモールで行ってきたアンケート調査をソースに説明されます。

 

国連はけっこうな安心感、信頼を得ていて「中立な感じで自分の国に介入してくれてるんちゃん?」というイメージがあるそう。これこそ、国連じゃないとできない仕事だろうと思います。よく会社の看板背負うというけど、国連の看板を背負うのも重責とプライドといろいろあるんだろうな。一方の多国籍軍は、また植民地化しようとするんじゃないかって訝られるふしもあるみたいです。

 

ーレジティマシー

これはけっこうアイオープナーだった。

レジティマシーという言葉は広辞苑にはなかったし、ジーニアス英和辞典には「(U)合法性、正当性、嫡出、正系」と一行だけ日本語訳が載ってた程度です。でもこれがこんなに平和構築に超重要なものだとは!!!

 

まずコンプライアンスという概念からみていきましょう。

ハード教授によれば、人々が法律やルールに従う(法令順守=コンプライアンスする)場合、主に三つの動機が考えられる。一つは、「強制力」。つまり、警察や軍など強制力によって脅かされ、処罰される可能性があるため、法律やルールそのものは納得していなくても、嫌々従うという場合である。二つ目は、「個人的な利益の計算」を動機としており、法律やルールを守ることによって得る利益と破ることによって得る利益を計算して、守った方が大きいと思った時にルールに従うという場合である。(P.46)

 

ふむふむ。残り一つは? 

これまで国際関係論では、右の二つの動機だけが強調されてきたが、ハード教授は、ルールに従うもう一つの大事な動機があると主張する。それが「レジティマシー」である。人々は、ルールや制度、そして政府などが「レジティメイト、つまり正統である」と考えた時、強制されてではなく、また個人的な利益をわざわざ計算するまでもなく、自主的にそのルールや制度を受け入れ、それに従うという見解である。(P.47)

 

例えば、衆議院総選挙。日本では「不当に政権を奪取した党がつくったルールに基づいて行われた選挙だから、次の政党も正当性がないからこの選挙結果には従わないぜ!」みたいなことって稀ですよね。少なくとも私はそう思ってる。でも、ひとたび途上国の政情に目を向けると、これってほんまによく見かける問題。 アフリカでも南米でも東南アジアでも、無意識にニュースで入ってくるぐらい頻繁なものだと感じます。

 

日本国憲法がアメリカからの押しつけ憲法で正当性がないからそれに基づく法律も全部いかーんって議論はこのレジティマシーの問題ですけどね。

 

紛争直後の国において政権を握る人・組織が不安定な場合、他の国はどうそれをサポートしたらいいのでしょう?

選挙についていえば、信頼できる第三者が選挙を支援したり監視したりすることで、選挙そのものの公正さが担保され、次回の選挙でも信頼できるとすれば、現地の政治勢力(政党)は、今回の選挙でたとえ負けても、まあ次の選挙まで野党で頑張ろう、となる可能性が高い。一方、選挙で負けて野党になった途端、政治犯として逮捕され監獄に収容されると思ったら、選挙結果を受け入れることは難しいであろう。信頼できる第三者の仲介や監視は、選挙の公正さを担保すると同時に、選挙後の政治的自由を担保する上でも重要なのである。ここに、紛争後の平和構築において、外部アクターの介入が要請される主要な理由がある。つまり、外部アクターに「それぞれの紛争当事者に対して、公正な主体として」相互信頼の醸成を担ってもらうのである。

 

現地の政権・人を中心におきつつ、住民も認めてくれる政治体制をつくらないといけないんですね。

 

 新たな政府が正統性を確立するには、長い道のりが必要である。現地の政治勢力や大多数の市民が、複数回にわたって、選挙の結果や、軍備解体のプログラム、そして憲法の内容やそのルールなどを受け入れ、それに従うことを繰り返すことによって、ようやく政府の正当性が確立していく。実際には、紛争当事者であった軍閥や部族が政党化し、これまで武力に頼ってきた関係が、民主的なルールにそって問題を調停、解決していくようになる。このように、武力に頼ってきた軍事勢力が、民主的なルールで競い合う政党として、そのアイデンティティを転換させていくことを、政治学で「社会化(Socialization)」と呼ぶ。(P.56)

ミャンマーの前大統領テインセインさんとかまさに社会化しようとしたんじゃないかなー!!

 

だから「軍政」だとそれだけでぺってしてしまうのはもったいないケースも。

アイデンティティの転換が行われることは、平和構築が定着し、政府が正統性を確立していく上で重要だと私は仮説していた。なぜなら、これまで支配地域の拡張など軍事的な目標に固執していた軍事リーダーが、民主的な政治制度を受け入れた政治家として自らのアイデンティティを変え、住民からの支持拡大や、選挙での当選などを目標に据えることは、民主的な方法でものごとを解決する(つまり武力ではなく平和裏に解決する)風土が根付く上で、欠かせない要素だと考えるからである。(P.108)

 

 平和へのプロセスと重要なポイントはざっとこんな感じです。

 

―アフガン

筆者がフォーカスしているアフガンの状況は2009年時点でこう。

苦しいのは、アフガン政府の軍や警察もまた信頼できず、それ自体、脅威でもあることだった。「私たち住民は、タリバンなど武装勢力からも脅威を感じ、政府側の軍や警察からも脅威を感じているのです。毎日が不安と恐怖です」(P.8)

  

治安の悪化のために政府職員や国連職員が立ち入りできなくなると、その地域での開発支援や社会基盤整備が遅れることになる。それが地元住民の生活を悪化させ、政府への不満を高め、さらに犯罪や反政府活動が増加してしまう。この「治安の悪化→支援や整備の遅れ→住民の不満→反政府活動や犯罪の増加→治安の悪化」というまさに負の連鎖が、アフガンの多くの地域、特にパシュトゥーン人が多く住む地域で起きているのである。(P.84)

 

二人のカンダハール県の幹部が語った政府の腐敗についての不満はアフガン全体で多くの人が繰り返し話した。カンダハールに滞在するある国連職員は、「一般のアフガン人は政府が極端に腐敗し、汚職にまみれていると考えています。実際に腐敗しているかどうかよりも、人々がそう感じていることが重要で、それが政府への信頼を大きく低下させています」(P.92)

 

経済的な理由や部族の生存のためにタリバンに協力しているような人まで、「テロリスト」の名で殺害し、しかも一般市民まで巻き込むことになれば、その被害者の親族や子供、親は、反アメリカ・反政府のための報復の戦いに参加することになるであろう。…アフガンにおけるタリバンのような地元密着型の反政府勢力と対峙するとき、軍事的作戦によってのみ治安を回復できると考えることの非現実性がある。(P.172 )

 

ー平和構築の実績

世銀のリポートによれば、一九六六-九九年の世界の紛争のおよそ五〇%が、紛争終結から五年以内に、再び悲惨な武力紛争に後戻りしている。平和構築は、頻発する「紛争の再発」を防ぎ、平和を定着させる努力だと位置づけられた。(P.30)

 50%ってやばないですか。しかも世銀がこういう数字を出すのにも少し驚き。

 

 

平和構築って感情でなく理論と枠組みに基づいて粛々と着実に進めていくものなんだと勉強になりました。

 

平和構築か。ルワンダに留学する友達が平和構築学ぶって言っていたけども、まさにルワンダ国連が撤退して見放したみたいになってしまった失敗例(詳しくは映画「ホテルルワンダ」参照)。すごいなー勉強したいし経験積みたい。

Book Review『グローバリゼーションと人間の安全保障』

 

グローバリゼーションと人間の安全保障

グローバリゼーションと人間の安全保障

 

 好き度:★★★★☆

 

恥ずかしながら、アマルティア・センの著作は読んだことがなく、彼の考え方についても全然把握していなかったのですが、ついにふわっと理解開始しました。

 

アマルティア・センといえば1998年にアジアで初めてノーベル経済学賞をとったインドの経済学者です。

 

読みやすいけど消化できたかはまた別問題。細切れ時間に読み進めても頭に残すには、集中力をあげたらいいんかなぁ、、? 

 

まー印象的な部分を記録していきます。

 

【1.グローバリゼーションは今に始まったことではない】

 

グローバリゼーションに対して、どんな印象をもっていますか?私は、「一部の人が恩恵をますます被るからテコ入れが必要やけど、結局強者に飲み込まれていく抗いがたい世界の潮流」みたいなネガティブなイメージを持っていました。影響力の絶大なグローバル企業が世界を牛耳っていく、みたいな。でもそう思っている人にこそ、センの考え方は響くんじゃないかと思います。

 

グローバルな科学と技術の進歩は、決して欧米の独占指導によるものでなかった(P.21)

 

具体例をあげればきりがないですが、中国の活版印刷、火薬、インドのゼロの概念、中東の学問等 ⇒ 西洋へ流入 ⇒ 深まってまた伝播。このようにグローバリゼーションは歴史的に双方向だったんですね。

こんなん世界史を勉強したら一瞬で習うのに、現代世界での「グローバリゼーション」と頭の中で結びついてなかったです。

 

あときゃぴーとなった面白発見!

代数って英語でalgebra(アルジブラ)というんですが(英語の授業で習ったばかり!)、これについて。

アルゴリズム(アラビア記数法)は9世紀前半に活躍したアラビアの数学者アル・フワーリズミーの名を記念している。ムハンマド・イブン=ムーサ―・アル=フワーリズミー(Mohammad Ibn Musa-al-Khwarizmi) アルジブラ(代数学)の語源も彼の有名な著作である『ジャブル・ムカバーラ』Al Jabr wa-al-Muqabilah に由来する。

頭に「アル」がつくとアラビア由来です。スペイン・グラナダアルハンブラ宮殿もそうですね。アラビア語alは冠詞です。中東メディアのアルジャジーラとかも。

 

そもそも、「西洋」「非西洋」「アラビア世界」「アジア」と区別することも間違っているとセンはいいます。確かにね。境界ってあくまでグラデーション的で線引きは人為的なものやしね。

 

結論、 グローバリゼーション=悪 の図式は間違っているというんですね。じゃあ何を問題にすべきなんでしょう?

 

グローバリゼーションの主たる論点は、豊かさの格差、政治的、社会的、経済的な機会と権力の配分に見られる大きな不均衡に起因する問題。

貧しい人々が必要としているものを、グローバリゼーションによって現実に取得できるようにすることが重要(P.34)

 

そのためには、何が必要なんでしょう?

グローバルな不平等の解消に関する問題と人間の安全保障の考え方が重要。

 

人間の安全保障

 

グローバリゼーションは富める者をいっそう豊かにし、貧しい者をいっそう貧しくするとよく論じられますが、そのような結果になる場合でも、実際にすべてが画一的にそうなるわけでは決してありません。経済繁栄についてどのような指標をとるかによって、事態は大きく変わり、そこから出てくる答えも一様ではありません。グローバリゼーション反対の論拠を、単純に一枚の薄氷の上に置くことは、グローバリゼーション批判の論拠をきわめて危うくしてしまいます。(P.54)

 

【2.市場主義経済のテコ入れ】  

グローバリゼーション自体はおっけーなものだとして、それを運営?する市場主義経済はどうなんでしょ?

 

市場経済を活用することは、さまざまな所有形態、資源供給力、社会的機会、特許法独占禁止法の運営ルールなどと両立します。そして、それらの条件いかんによって異なった価格、交易条件、所得配分などが決まり、全体として異なる結果が創出されることになります。また、社会安全保障の仕組みや公共政策への介入仕組みなどによっても、市場経済プロセスの結果をさらに修正することができます。こうしたことすべてによって、不公平や貧困の現状レベルを大きく変えることができるのです。(P.59)

 

不完全なところを修正しながら市場主義を貫くべしって。市場主義の強みである交易の機会や生産の専門化などを活用することなしに経済が繁栄することはないとまで言っています。

 

ただし、貧困層を貧困に追いやっている大きな原因のひとつが、大国によるグローバル規模での武器輸出。

 

モブツやサヴィンビらのような軍事独裁者たちが、アフリカ諸国内の社会的、政治的機構を破壊し、最終的には経済秩序まで破戒してしまうにいたったのは、彼らが米ソいずれかを選びそれぞれの支援を頼ることができたからでした。したがって大国は、アフリカにおける民主主義転覆を助長した大きな責任があるのです。また、アフリカ諸国に武器を押しつけ続けたことは、アフリカだけではなくその他の地域においても、武力抗争をエスカレートさせる役割を果たし続けることにもなりました。(P.65)

 

【3.宗教学校への疑問】 

 個人のアイデンティティーについて考えたとき、宗教というのはあくまでもひとつの側面にすぎません。例えば同じイスラム教を信仰していても、支持する政党、卒業した学校、所属する地域、応援するサッカーチームなどはばらばらですよね。アイデンティティーには複数性があります。

 

ところが、宗教経営の宗教学校にこどもをいれてしまうと、「自分の文化」に関する知識が狭く教えられてしまうがために、子どもたちがどう生きるかの選択をするために十分な情報が与えられないことがあります。

教育の目的は、自分や自分の家族が何らかの形で「属している」文化を含めて、世界における様々な文化について教えることだけではありません。教育は、理性的に考える力を滋養し、後の人生で自由を行使する手助けをするために行われるのです。(P.94)

上記の理由から、センは宗教学校に関しては否定的な立場をとっています。

 

私個人のケースでいうと、幼稚園は自分の信仰していないキリスト教系のところでした。海外ではそんなことはあまりないのかもしれませんが、今思えば楽しかったですけどね。

 

【4.文明は衝突しない】

 

西洋とアジアを対比して、それぞれが独自性の確立を試みることを通してアイデンティティーを求めようとする風潮がさかんになっています。そしてこうした風潮は、西洋文化の会派的特性を確立しようとする西洋人と、逆にそのような特性とは対立するアジア文化の排他的特性を示そうとするアジア人とによって、共に推進されているのです。このように非西洋社会が西洋社会といかに異質であるかを示すのは効果的で、しかもそれは人為的な違いを補強し、固定化することにつながります。(P.127)

 

JICAの訓練所では日本(人)研究の時間があり、自由に研究課題を設定してとりくむことができます。(ちなみに私は神道について研究しました。)テーマ選びの際にメンバーの一人が「違いばかりじゃなくて同じところを比べるのもおもしろいよねー」と言っていました。まさにセンの言うところと同じ。世界と日本を考えたときに、どうしても違いばかりに目がいってしまうのは当然っちゃ当然でしょう。でも同じ人間やし共通点もあって、そこに着目するのも外国にいくときには必要な視点なのかなと思います。

 

 

こんな感じで。

読書は捗ってないし、英語は伸びた実感ないし、軟禁状態の生活にぐぬぬぬってなってますが、ちょいちょいカンフル剤いれて訓練中に成長できるように頑張ります!

Book Review『世界を救う7人の日本人』

 

世界を救う7人の日本人 国際貢献の教科書

世界を救う7人の日本人 国際貢献の教科書

 

 好き度:★★★★☆

 

大好きな池上さんの本!7人は水、復興、命、食糧、教育、経済、国際協力という分野のエキスパートたち。どれも面白いけど、この中で将来の自分のフィールドを選ぶとするなら、復興支援経済かなぁと思った。この先どう生きていこうかなー。。そんなことを考えつつ読み進めました。

 

2010年の本なので、まだ南スーダンは独立していないし、2015年までのミレニアム開発目標の話でもちきりです。ちなみに今は2030年までのSDG(持続可能な開発目標)にむけて世界は奔走していますよ。

 

1.水問題 

世界銀行をリタイヤした人の話を聞いて以来、安全な飲み水の確保は今後先進国でも問題になってくるだろうなーという一抹の不安あり。

 

国際協力の代名詞的なイメージである「井戸をほる」なんかもこの分野ですね。灌漑施設設置とか、上下水道整備とか。コミュニティ開発にも通じる言葉があったのでメモ。

海外からの援助によってもたらされた施設をいかに自分たちのものと思ってもらい、維持に関わってもらえるかどうかが国際協力の成否を分けるのです。(P.34)

 

日本の水道の漏水率の低さ(約3%)など、技術は世界でもピカ一らしいです。(香港25%、ロンドン27%)

 

2.内戦からの復興支援

シビアなやつです。

スーダンは、長い紛争で疲れ切った状態。しかもその間、先進国からの援助も事実上ストップしていた。私たちは、「国家の安全保障」に対して、「人間の安全保障」と呼びますが、国家はそこに存続してもそこに住む人たちの生活が恐怖に脅かされてはなりません。まずは、スーダンの人々が、平和を実感できる社会の「土台」づくりの手助けから始める必要があります。

 

日本の国際協力はこれまで、多くの場合、治安そのものは比較的安定していて、平和状態だが開発を必要としてる国に対して、中長期的視点に立ち、現地で協力事業を行う、というのが基本でした。スーダンの場合は、和平協定直後の紛争処理の段階から、「復興支援」を行い、人々が平和に仕事についたり、生活できたりするような状態に社会をもっていくための緊急で積極的な援助が必要でした。(P.54-55)

 

強い衝撃が走った ソマリアギャングの本↓

locayrica.hatenablog.com

これに近い感じかな?死の危険から逃れるみたいな最低限、最重要の平和の実現というレベルで考えるとこれが一番直接的アプローチかな?

青年海外協力隊で私が携わるのは、まさに「平和だが開発を必要としているところでの活動」。これも確実に必要とされていることなので疎かには絶対しないけど、開発されているのに平和じゃない≒治安が悪い国との差は研究してみたい。secureと感じる世界が一番いいと思うんよなー!

 

スーダン南部には、すべてがない。ない、ないづくしです。復興支援のテーマは多様ですが、あえて優先順位をつけると?

保険(医療・健康)、水、教育(職業訓練を含む)の3つです。(P.60)

 

復興支援を因数分解?するとこういうことらしいです。職業訓練というのは、ずーっと兵士として生きてきた人に、かたぎの仕事(うまい表現がみあたらない、、)を見つけてあげるわけですね。

 

支援をするにあたっても段階を踏むことが大事です。組織を管理したり、運営したり、ものごとの計画を立てて、実行するという「経営感覚」がないと援助を受動的に待つだけになる。そうならないためにも、

小さな試みを成功させて、自信をつけてもらい、徐々に仕組みをつくって、発展させていく。そんなプロセスをつくりあげていくのが私たちにできることだと考えています。(P.70)

 

3.母子の命

自己矛盾ですが、やたら子どもを産みまくる、やたら長寿にこだわりすぎる傾向に疑問を抱いているので、この分野は自分ではないなーと。でも言説にとらわれていたおもしろい事例が載っていたのでメモ。先入観のトラップ!

 

あるプロジェクトで診療所(inアフガニスタン)をつくっても住民が全然来ない。まず考えた原因はイスラム圏では女性が一人で外出できないから」。しかし実際の原因は、「診療所が開設されたこと自体を知らなかったから」だったそう!

先入観を持っていると気づくべきところを見落としてしまうので注意ですね。このケースでは、逆にモスクに男性が集まるというイスラムの特色を生かして、礼拝の際に診療所の情報を流し、認知度を高めるという影響力の利用の仕方もあります。

 

 4.食料

ネリカ米という、「乾燥に強い×収穫量多い」というハイスペック品種の普及の話です。このお米の開発は、1960年代の緑の革命(技術革新によりアジアで急激に食料増産に成功)にもなぞらえられています。いっぱい収穫あればいっぱい人が生きられるもんね。

 

これも自分の仕事のひとつになりうるんですが、、米文化のないところに米文化を人為的に根付かせるのはどうなの、 とか100%賛成できていないのでしばし傍観しようかなと思っています。

 

5.教育

すべては結局教育に帰結する、というのは何度ぐるぐる考えてもそうなるので真理なんでしょう。

 

アフリカの教育について一般論をメモ。

1960年代、アフリカ諸国が次々独立。まずエリート養成校に重点が置かれた。

⇒そのうち一次産品の価格低迷、教育開発のお金は援助頼みに。

⇒80年代世界銀行IMF国際通貨基金)の構造調整融資。途上国の財政健全化のため、国の収入を増やし支出を減らすことを融資の条件とした。

⇒収入増加は簡単には見込めず、支出削減のため実行されたのが公務員(教員)削減、教育予算削減。

⇒教育物資なくなる、賃金カット、給与支払いの遅延

⇒教員スト。教育現場荒廃。

 

ぴえぇぇ。世銀、IMFが意図していた方向とは違うマイナス影響が出てしまった例だな。影響力の大きい組織の決断ってほんまに怖い。。

 

6.経済

民間で少し働いていた自分としては一番とっつきやすい、understandableな領域。

社会インフラの整備の段階を卒業しつつある国に対しては、経済活性化のための支援、お手伝いに転換していくべきと思います。(P.190)

最低限が整った国に関しては、ビジネスの段階に移行しようねって話。JICAじゃなくてJETROの段階に移行するーみたいな。

 

このエキスパートは三菱商事の人、商社マンです。

いわゆる「援助」だけではなく、「投資」や「融資」を通じてのプロジェクト形成、あるいは、ビジネス形成です。その国のプロジェクトやビジネスに対して、先進国の政府と企業が連携して投融資をし、経済発展に寄与する。そんな関係が、途上国の経済発展と自立を促すのです。…こうした仕組みづくりから一緒に始め、環境を整えながら、経済面での投資を行っていく、というプロセスが企業にとっても必要です。途上国政府の貿易投資制度の整備はJICAも取り組んでいることですから、途上国政府への働きかけはJICAと一緒に行うという手もあります。

プロジェクトの仕組み(誰がどこに働きかけるか)を理解してなかったけど、民間の商社が相手国政府と直接やりとりすることもあるのか!エキサイティング!

 

その「働きかけ」とは、、?以下。

とはいえ、国家レベルで行うような仕組みの整備を待っていては、何年かかるか分かりません。では、どうすればいいのか?むしろひとつのプロジェクトを実現に結び付けるための仕組みづくりを求めることです。途上国政府に対し、優遇税制、為替管理、インセンティブ等々、そのプロジェクトのための仕組みを作らせ、プロジェクトを実現可能にすることです。(P.192)

 

そしてキーポイント。

会社やプロジェクトを動かすのは、具体的な個々の顔の見える人間だということです。よく「人脈が大切」といいますが、途上国のビジネスでは、どんな人を知っているかですべてが変わります。(P.202) 

 

情報戦の部分も、、

国際ビジネスを展開していると正規ルートではない情報源の獲得が成否を分ける。国ごとの情報機関の能力が問われるんですね。英国の場合は、映画007シリーズでも有名なMI6(イギリスの情報局秘密情報部)のOBが主体で作った会社があり、彼らが世界中に待機していて、情報収集に当たっています。(P.204)

スパイ!エージェント! 生まれ変わったらNATOの情報部で働きたい!!

 

そしてごり押ししていくタフネス!

フィージビリティスタディの結果に頼るのではなく、まず「このプロジェクトを絶対に実現する」と決めて、その上であらゆる手を尽くしていく。コスト割れしそうなら、優遇税制や輸出しやすくなる仕組みを作ってもらう、または従業員のトレーニング費用を負担してもらう等、現地政府と交渉し、製造コストの低減を図り、プロジェクトをフィージブルにする努力が求められます。(P.206)

 

7.国際協力

これは緒方貞子さんの章。

自分の仕事の枠にとどまるな。顰蹙を買ってでも、でしゃばれ。おせっかいになれ。失敗を恐れるな。(P.234)

彼女の国際協力の本質を示す考えだそう。ここまでの熱い信念もって邁進したいなと思うところです。

 

 

協力隊参加後の進路が悩みの70%を占めてますが、ちょいちょいいろんなところからヒントを見つけていきまーーーす!

Book Review『The Warm Heart of Africa』

 

The Warm Heart of Africa―医療と貧困とアフリカへ730日の挑戦

The Warm Heart of Africa―医療と貧困とアフリカへ730日の挑戦

 

 好き度: ★★★☆☆

 

 日本語の本を読んでいる余裕はないけど、脳休めのために逃げました!図書館で借りた本。

 

筆者の星さんは1992年、マラウイに看護師として協力隊派遣された方。本は1998年のものだけど、もし「2015年の本だよ」と言われても違和感ない内容。現地での苦しい活動、整理できない気持ちなどなどがつづられています。

 

あんま変わってないなと思ったのが、ひとつは協力隊事業のこと。3ヶ月〜もうちょいくらいの訓練を受けてから各国に派遣され、同期隊員の絆が強くて、任国外旅行がたまに認められてて、みんなもやもやをかかえながらも活動に邁進するって感じのね。あれ。

 

もうひとつが、マラウイの状況。もちろん1992年当時は"独裁政権"と言われるバンダ大統領(30年政権の座にいた)の時代です。筆者の医療現場に目を向けると、いっしょに働く同僚が病院食を多めに注文して自分が食べてしまうなど、日本ではありえないような、援助慣れの一面の描写がでてきます。

そこから25年たって、民主化されて、マラウイの経済成長率も高成長が続いて、変化はめざましいものだと思います。でもこと援助に関しては似たような問題が今でもあるんじゃないかなと。多産多死だったり。あと「変わってない」んじゃなくて、途上国の変化に比べて先進国のそれがあまりに加速度的なんじゃないかなと。

 

イメージが壊れること、そして、現実を見つめることが生きた援助へつながる第一歩であり、その一歩をふみ出すためには、イメージが壊れることを承知でたくさんの人に援助に参加してほしいと思う。(P.139)

↑アフリカの人はピュアというイメージを壊された筆者のメッセージ。イメージを壊しに行くんだくらいの気概で行こう〜

 

本は関係ないけど、投資魅力度ランキングでボツワナがアフリカ54カ国中一位になったって記事(Botswana is the most attractive investment destination in Africa - Ventures Africa)を読みました。理由は、戦略的位置、技術力の高い労働力、安定した政治とのこと。一方のマラウイはワースト7位。しかもワーストの顔ぶれはソマリアエリトリア中央アフリカ南スーダンとか政情不安なところに食い込むマラウイボツワナはダイヤモンドなど鉱物が出るとはいえ、同じ内陸国。場所的にいいんだろうか?マラウイはどうやったら貧困から抜け出せるんだろうか?

 

貧困って問題だからそこから出発だよねっていう開発経済学の考え方も正しいのかなぁ、、と考えされらる一冊でした。

マラウイの政治について徐々に勉強中

今日は本じゃなくて論文を読みました。卒論というものの扱い方がわからないのでとりあえず出典とか明示せずにへーと思ったことだけメモ。

 

論文は1998年のものなので、今の状況とはだいぶ違うことが前提にあります。マラウイの人口も当時は1000万人って書かれてるけど、今は1700万人っていわれてるし。20年で1.7倍になるんですねぇー

 

一番勉強になったのは、

マラウイの北部、中部、南部で支持政党が大きく違う!その理由は、植民地時代からの宣教活動の歴史・教育・移住・農業政策が違ったから!

ほぉぉ、アメリカにせよ日本にせよ?地域色あるのは当たり前と思っているけど、マラウイについて考えたときは想像も及びませんでした。

 

マラウイは南北に細長い形なので、北部、中部、南部という区分をするそうです。

 

ざーっくりいうと、1964年にイギリスから独立し、1994年までの30年間はずっと同じ人(バンダ大統領)が政権の座についていました。この間の憲法では、「大統領の所属するMCP(Malawi Congress Party マラウイ会議党)しか合法じゃない」「バンダが終身大統領」とかひぇぇって規定がけっこうあったようです。民主的じゃないってやつ。

 

そこから民主化要求が高まったり、アムネスティインターナショナルはじめ、外国からの外圧が高まったりで、複数政党制にしようぜーというのが国民投票で決まりました。

 

で、ついに1994年。大統領選挙が行われました。

 

①チャクワ・チハナさん (AFORD党) 北部で圧勝

②カムズ・バンダさん (MCP党) 中部で圧勝

③バキリ・ムルジさん (UDF党) 南部で圧勝

人口は 北部:中部:南部=1:4:5 くらいなので、全体としては③ムルジさんが大統領に決まりました。

 

北部は、トゥンブカ語による宣教活動、アフリカ人としての教育が早くから普及し、また現金収入のための季節労働が行われていました。その季節労働者とその家族は北部に定着しました。①のチハナさんは、バンダ大統領の時代に反政府的だったので逮捕されています。(因果関係??)

 

中部は、バンダの支持基盤。比較的同質な文化・言語(チチェワ語ってことかな?)をもっていて、植民地時代から小農がタバコ栽培をしていたそうです。

 

南部は、人口が密集しており、少ない南部の土地の白人植民者が私有財産として管理する権利を有していたことに対し、政府に不満をもっていた背景があります。

 

今の政治状況について全然まだ調べるに至っていないのですが、政治ニュースを読む背景知識として持っておけばいろいろ理解がスムーズになりそう!と感動した次第です。

 

あと、バンダ政権のときから、つまり政党がひとつしかなかった時代から、幹部については北部、中部、南部出身者のバランスをとっていたみたいです。地域の利益を代表する、みたいな感覚なんだろうか?それが結果的に政権の安定につながったという指摘でした。

 

私の行くのは南部に該当します。今でもUDFという政党が力をもっているんだろうか、、この論文の20年後を確認してこようと思います!

 

論文かっこいいなぁ、自分も書きたい。書ける気せんけどいつか書きたい^^

 

以上。