海外飛び出すことになったブログ

やっと海外行きが決定しました。ミーハーな海外フリークがthinkとdoをこつこつ記録します。

集団生活についてぼそっと悪態をつく回

70日弱の訓練所生活を通して1番ビビッドに実感したのが、まじで集団行動が苦手!想像以上だった!笑

 

よしあしは置いといて(ほぼ悪しで辛いので;;)、自分の特性、感じ方の変化、適応の段階をつぶさにじりじりと観察できたのはある意味人体実験みたいで、今後も参考にできるんじゃないかなーと思った。エピソードとともに記録しておく。

 

〈私の特性5つ マイナス方面〉

 

1. 混雑が苦手。

朝(7:10-8:00)昼(11:40-12:30)晩(18:00-18:50)、一箇所の食堂でみんな同じメニューをいただく。食堂オープンの時間は行列ができて時間がかかるので、そこを避けて生活してた。朝食後〜1限開始まで45分(8:00-8:45)あって、当初はこのタイミングで新聞を読んでいたけど、だんだん人が増えて読みたい新聞社のやつを読めなくなったのでリズムを変更。昼ごはんのあとは閑散としてることが多く、ゆるりと楽しむようにした。

 

 

2. 自分の時間を遮られると不機嫌になる。

新聞を読めるスペースは廊下の一部分。各自の部屋から教室に向かう道中に位置するので、構造上ほぼ全員がここをとおる。人が通るたび新聞から目をあげて挨拶しないといけない。(厳密にいえば義務ではないんやけども(..))  かつ場合によっては「なに読んでるのー?」とかいう話に発展する。それは嬉しかったりもするんだが、「すごいね」と言われるのは謎。すごい、、?なぜ、、、?

また、食事を摂るのが義務!人数分きっかり準備してくれているので、食べない人がいると廃棄が出てしまう。まっとうなルールだ。でも、食べるより寝たいとき、食べるより勉強したいときもあるでしょう。選択性にしてくれよ〜ってときが何度かあった。健康な生活を強いられてるという感覚に陥ってしまった。そして肉体的に健康な生活を強いられるほどに精神的な健康が損なわれていく感覚も覚えた。適度に不健康な生活の方が今の私には心地よいんだなぁ)^o^( 心がまいっていたことも一因かも。新しい環境に慣れることに必死で余裕がなかった訓練序盤の記憶。

 

 

3. 無音、孤独の時間が必要。
宿泊棟の各自の部屋は、うっっっすい壁と扉で囲われた体感4畳の空間。新しい人にあって、いろんな話をきくのは大好きやけど、吸収したものはひきこもって消化の時間をとりたいタイプの人間だと改めて自覚!廊下の音の透過率100%を誇るあの薄い扉。しんどくて部屋で休みたいってときも、他の人のはしゃぐ声、足音、全部が耳に入ってきて悲しくなってた。これも訓練序盤の記憶。

あと、飲み会に対するスタンス。端的に言ってしまえば、飲み会をストレス発散の場としてとらえる人と、新たなタスク(負担)としてとらえる2種類の人種がいると思う。タイミング、メンバー、お店、予算とかいろんな要素が絡むので固定的なわけじゃないけど、自分は後者の場合が多いタイプの人間やな。このタイプに『勉強のしすぎ、頑張りすぎだよ!たまには息抜きも必要だよ、飲み会いこうよ!』と誘うのは真逆の効果を生むんやなと。まさに北風と太陽。

 

4. 予定を入れるのが苦手。

スケジュールの書き込み=窒息のイメージ( ; ; )これはまじで改善しないといけないなと思っている。。フレキシブルに生きたい、悪く言えば行き当たりばったり。断りやすいところから約束を反故にするみたいな事態が頻発しないように気をつけよう。

 

5. 70%くらいは機嫌がわるい日。

「今日は調子いいわ!」と思えるのは30%くらいだった。それはたっぷり寝た翌朝、化粧と髪型と服装がしっくりきた朝、課題をちゃんと準備できてた日。数値を上げるには、適度な運動、腹8分目、質のいい睡眠、という基本的な人間らしい生活がキーだとしみじみ。また自分の機嫌に関わらず、人からもらう「疲れてるね」「くまひどいね」「すっぴんやん」「太ったね」等の言葉は確実に腹わたを煮え繰り返らせ、負のスパイラルを生み出す。自分の中ではこれらは「ブス死ね」に自動変換されてしまうようだw 内心、「で?」「すっぴんでおることにケチをつけられる覚えはないし、そのことをディスる資格ないやろ」「なんでいつも明るくかわいく存在せないかんのやks」などと狭量の極みつっこみをしていることをここに自白したい。
 

 ただ、機嫌悪いときもあいさつはにこやかにできるようになってた!というか、自然に笑顔がでてしまう!これは体得した営業スマイルなのか挨拶という儀式の効用なのか八方美人マインドのなせる技なのか、不明。若かりし頃は「怒らない技術」という新書を読みふけるほど、周囲に当たり散らしてしまうbad-temper人間だったが、それは卒業できた!I can behave myself now!依然として内心は嵐だから性格はよいとは言い難いけど、年食った分大人になってたことを発見。

 

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極めて小さなコミュニティーだと、周りの人間のささいなことに関心を持つ傾向にあるし持つべきだし持たざるをえない。日々のsmall talkがそれ中心やからね。e.g. だれだれが髪を切った、デートしてた、等。興味ないって切り捨てたいことばかり!笑 そしてその関心の客体になるのはしんどくて窮屈でしゃーない。e.g.私がなんの本を読もうが、どんな理由で髪を切ろうが関係なくない...?と思ってしまう。200人の人間が70日間隔離された場所で毎日顔を突き合わせるという特異環境。

所変わって私の地元は人口40万人。それでも20年以上住むと知り合いの飽和状態で、電車で洋書を読むだけで「読んでるね!すごい!」、日経を読むだけで「読んでるね!」、モールに行けば「誰々といたね」と指摘されみんなが把握しているそんな日々。どこに行っても友人、同僚、上司、お客さん、家族にすらに出くわしてうんざりするにも程がある!ってなり物理的に脱出したいと思って途上国行きを決めたものの、ここではさらに小さなコミュニティーに所属することになってしまった。因果なものよのう!

むしろ東京みたいに人の大海原が存在するのに一人として顔見知りがいない環境の方が特殊なんだろうか。世界に誇るメトロポリスやしな。

 

 

でも、最後に忘れてはいけないのが、自分もそのコミュニティーを構成する一員だということ。

他人を自分と切り離して非難するのはめっちゃ簡単やけど、同じ穴の狢という意識を持ってる人は少ないように思う。そう思ったのは訓練所外の話も含むけど、自分がこの人何かちゃんと考えてるのかなーと思っていた人が「あの人って何も考えてないよね。」と他人をディスっていたのを聞いたとき。またとある人が「ここのレベルは低い」などとディスっていたとき。批判は生産的なものだけにとどめたいなぁ。

 

ここでは発見したことの矢印が自己に向いているけど、自分から集団、他者への働きかけももちろんあったはず。嫌な思いをたくさんさせただろうし、たまには誰かの救いや癒しになれてるかもしれない。コミュニティーっておもしろい。

 

こんな生活もあと5日。